息子3歳!水族館に手作りケーキ

息子、今月で3歳になりました~!!

当日は夫に休みをとってもらって水族館に行ってきました。

週末はケーキでささやかにお祝い🎂

今回初めてケーキをスポンジから作ったのですが、新しく道具をそろえたのでそのレビューもしてみたいと思います✨

水族館に行ってきた!

当日は夫に休みをとってもらって、水族館に行ってきました。息子はいつもテレビでお魚を見るたび「しゅいぞっかん、いきたい」と言っていたので、念願の水族館に行けて本当におおはしゃぎでした。

1歳の誕生日にも行ったところでしたが、1歳の頃より怖がりになっていて、大きな動物(トドとか)や、目の前を歩くペンギンなどを異常に怖がっていました。小さなお魚や、ウミガメがお気に入りみたいでした。

最後にはふれあいコーナーの池みたいなとこで、お約束のドボンをやらかしました。靴が濡れたので無理やりベビーカーに押し込んで(ベビーカー嫌いなので大暴れ)、そしたらずっと昼寝を嫌がってたのに即寝落ち。まだちょっと早い時間でしたが、寝てたらしょうがないのでそのまま帰宅しました。お魚にバイバイもできず、ちょっとかわいそうでした。

ドボンの時ちょうど写真を撮ってたのですが、夫はこの時のカメラロールの流れが大のお気に入りで、写真を見ながらアテレコやって4コマにしてました。

トレースしてイラストにしてみました↓(セリフは夫です)

カメラロール4コマ ~ドボン編~(CV:夫氏)

夫がフザけなかったらドボンすることもなかったんですけどね~(私も横で写真撮ってたけど…)

息子だけじゃなく、私も水族館に行くのを本当に楽しみにしていて、今回コロナでどうなるかと思いましたが、行けてよかったです。

週末はケーキでお祝い

週末はささやかに誕生日パーティー。ケーキは買うと高いので、今回初めてスポンジから手作りに挑戦しました。ケーキに注力しすぎてご飯は普通でしたが…(ハンバーグとポテトサラダでした)。

回転台とスパチュラを買ったぞ!

誕生日やクリスマスのケーキ、お店で買おうかなーと毎回思うのですが、値段を見るたびに「高い!」とビックリしてしまうので、もう「今後も自分で作る!」と腹をくくって、今回、道具を揃えました。

回転台とスパチュラです!

今までケーキっぽいもの(パンとかホットケーキとかで)を作ってクリームを塗るたびに、「回転台さえあれば…」「スパチュラさえあれば…」と悔しい思いをしていましたが、ついに手に入れました。これで文句ない出来映えになるはず…?

買ったのはこちら!↓

SEKAVIAというメーカーの回転台と、

貝印のクランク状になったスパチュラ(26cm)DL−6277です。

回転台は、収納に便利なぺったんこタイプと迷ったのですが、レビュー評価のよかった高さのあるタイプを選びました。ぺったんこタイプは、安定しないとか音がするとかいうレビューがあったのでやめときました↓

実際使ってみると、私が購入したタイプも音はしました。回すとザーッという音がします。プラスチック性でとても軽く、何も乗せない状態で回すと、下を押さえていないとズレてしまいます。が、上にスポンジを乗せた状態だと、押さえたり、下に布巾等をしかなくても、ズレずに回すことができました。

スパチュラは、持ち手がナイフ部分(?)より少し高くなったタイプを選びました。長さは持ち手も含めて26cm。短いので扱いやすく、収納にも便利ですが、18cmのスポンジの端から端までは届かないので、キレイに塗るのは少し難しいかなと思いました。でもこういう短いタイプの中では、持ち手が高くなっている分、塗りやすくはなってると思います。逆に本格的な長いタイプなら(ナイフ部分がケーキの端から端まで届くくらいの)、クランクのない平らなタイプの方が塗りやすそうだと思いました。

強度の方は、薄いので少ししなりがあります。下に差し込んでケーキを少し浮かせることはできるけど、手を添えずに持ち上げることはできない、というくらいの強度です。

思ったようにはできなかったけど…

出来栄えの方は…思ってたようにキレイにはできませんでした!当たり前ですけど、技術がいるんですね。。

でも初めてにしてはまあまあ上手くできたかな?と思います。もっと角がピンと立つようにしたかったんですけど、修行が必要みたいです。絞りは一番簡単そうな丸口金でやったのですが、ちょっと形が崩れてしまいました。

スポンジはちょっとボソボソしてしまって、こちらも惜しかったです。前日に作って冷蔵庫に入れといたのですが、乾燥してしまったのかつぶれてしまったのか…多分、スポンジを切ってから生クリームの準備をしたのがよくなかったと思います。

一応覚え書きとして、上手くいかなかった原因を挙げておきます↓

  • メレンゲの立て方が不十分だった→スポンジが上手くふくらまなかった
  • メレンゲと粉の混ぜ方が足りなかった→上手くふくらまなかった
  • スポンジを切ってから生クリームの準備をした→スポンジが乾いてしまってボソボソになった。生クリームの準備をしてからスポンジを切った方がよかった
  • 生クリームの立て方が甘かった→ナッペの時もデコレーションの時も、もう少し固めに立ててもよかった

この辺が、上手くいかなかった原因だと思います。

ただ!!ひとつだけ大正解だったことが!!!

それは、デコレーションにさくらんぼを使ったこと!6月はちょうどイチゴが店頭からなくなる時期で、それならと旬のさくらんぼを使ってみたのですが、これが大正解!!

翌朝の追いクリーム付き追いケーキ。(さすがに多すぎた)

イチゴほど酸味が強くなく、でも適度な酸味があって、甘くてとっても生クリームに合いました。すごく美味しかったので、これはぜひ息子の誕生日の定番にしたいと思います。(種が心配でしたが、ちゃんと種だけペッとできるようになってました)

使ったのは、今回は日本のさくらんぼでしたが、アメリカンチェリーとかも美味しいみたいです。

なんとか今年も…🎂

さて、なんとか今年も無事、息子の誕生日をお祝いすることができました。

今年前半はコロナでほんと大変でしたが、ちょうど今落ち着いていて、息子を遊びにつれてってあげられてよかったです。

どんなにひどいことがあっても不思議に日常は続いていて、そうして迎える節目のひとつとして誕生日があって、それを祝えることは本当にありがたいことなんだなあ…と、今年は思ったりしました。

今ある日常に感謝して、これからの一年もがんばって、楽しく、過ごしていきたいと思います。

どうもありがとうございました!

【絵日記】「片付けない」というライフハック

最近の我が家は、「安定して」キタナイです。

前はちょっとは頑張ってキレイにしようとしてたんですけど、最近はもう、諦めました。

もともとがそんなにキレイ好きでもないし、それでも一応家族のためと思って、前はそれなりに頑張ってました。でもある時ふと、結局イライラしてたら家族のためも何もないなあ、と気づいたんです。

そう思って頑張るのをやめてみたら…、あれ?全然問題ない。

夫もよっぽど散らかってない限りは何も言ってこないし、私も好きなことに時間を使えるようになったので、イライラしなくなりました。

キレイにしてた時に一番ハラが立ったのは、寝かしつけ終わって戻ってみたら、ぐっちゃぐちゃのままの部屋で夫がスマホ見てた時。

「寝かしつけしてる間に片付けといてくれない?」って何回か言ってもそれだったので、ほんとイライラしました。

でもある時ふと、「夫にとっては部屋がこんな状態でも平気なんだ」と気づいたんです。そう思ったら、もうイライラしながら片付けするのがアホらしくなってしまいました。

今は、同じ光景を目にしても、何も思いません。ただスルーして私もスマホ見るだけです(そしてそのまま寝るw)

もちろん、キレイな家で暮らしたいという気持ちはあります。息子に対しても、教育上も健康上もよろしくないですし。

だけど、自分がいつもイライラしてなきゃいけない(家族にとっては、そういう人がいつも家にいる)ことと天秤にかけてみた時、掃除に関しては手を抜く方がまだマシなのかなあ…と、今は考えています。私がただ単にイライラしすぎなんですけど。

夫がもうちょっと掃除とか気にかけてくれれば、もうちょっとマシになるんだけどなあーとは、思わなくもないです。でもそれはお互い様だと思うので、言わないようにしてます。夫の母はめちゃくちゃキレイ好きな人なので、多分それと比べて、ちょこはだらしないなあなんて思われてそうな気がします。

まあこんな感じで、いま掃除・片付けに関して、我が家は低い位置で安定してます。

「片付けない」というライフハック、胸を張ってオススメはできませんが、ちょっと手抜きして好きなことでもしてみると、気分も変わるかもしれません。

(ちなみにうちは別に夫婦円満とかそういうわけではありませんw)

どうもありがとうございました♪

初めてのアドベンチャー映画

義実家はケーブルTVに加入しているので、BSやCSが映ります。

うちはケーブルに入るお金がないので(涙)、義実家に行った時に子ども番組とかプロレス番組(夫が好き)とか見せてもらいます。

この日は珍しく映画でした。ゴールデン時間帯にやっていたアドベンチャー映画、「センターオブジアース」。

息子は普段おさるのジョージとパウパトロールの録画ばっかり見てるので、こんな刺激的な内容のTVは初めてでした。たまにじいちゃんの見てる戦争映画とかをチラ見することはありますが、話が難しいのであんまり興味は示しません。でもこれは子どもが主人公なので、かぶりつきで観てました。

ハラハラドキドキのシーンの連続で、高いところをそーっと歩いていくシーンではピタっと固まり、恐竜に追いかけられるシーンでは思わず目を覆い、でもやっぱり見たいとソローっとその手を開ける(観音開きみたいな感じ)。その後はそのポーズで固まったまま、真剣に最後まで観てました。親たちはその後ろで、息子のベタすぎる反応を笑いをかみ殺しながら見ていました。

3月の終わりだったか、それくらいの日記でした。

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コロナの外出自粛が続いて、本当に気が滅入ってきました。

ついに全国に緊急事態宣言が出て、もうほんとに外出がしづらくなってきています。

あろうことか、この時期に息子が鼻風邪をひいています。コロナは鼻水はあまり出ないみたいだし、熱もないので多分違うと思うのですが…。なんせ検査してもらえないので、なんとも言えないんですよね。

もう義実家に行くのもしばらく控えないといけません。こんな風にみんなでのんびりTVを見られるのは、一体いつになるんでしょうか。

私はここ数日コロナのニュースばかり追っていて、頭が痛くなってきました。今日はもうニュースは消して、今、中川家のラジオを聴きながらこれを書いています(息子は昼寝中)。笑ったら少し心が軽くなりました。

皆様もコロナ関連のニュースやネットはほどほどにして、なるべく楽しいことをするようにしてくださいね。

3歳目前、トイトレまだまだ

お風呂から上がって体をふいてやると、いつも息子はハダカでさっさと遊びに行ってしまいます。私が体をふき終わったら急いでオムツをはかせるのですが、それまでに我慢できずにオシッコをしてしまうことがしょっちゅうありました。そんな短い間にオシッコするなんて考えないので、最初の頃は部屋の真ん中にできた水たまりを見て「?!?!」となったものです。

トイトレは2歳になる前からやんわりと始めていて、補助便座を買って座らせてみたりしていたのですが、1回もまだ出たことはありません。最近はトイレに誘っても「でないもん」と断ってきて、すっかり自信を失っている様子です。

オシッコの間隔も空いてこなくて、新しいオムツをはかせて5分もしたら、もう既にうっすらと緑の線が出ています。よくトイトレを始めるサインとして「オシッコの間隔が空いてきたら」というのを見るのですが、それに従っていたらいつまでもトイトレは始められなさそうです。

絵日記の出来事は、先月の終わり頃の話です。

なので、初めて自分でおしっこを出せたのが、2歳9ヶ月ということになります。他の子よりきっと大分遅れてますね。

お風呂上がり、いつものようにハダカで遊んでいた息子が、急に前を押さえて

「おむちゅ、はかないと」

と、神妙な顔で言ってきました。

お風呂から上がってすぐにオムツをはかせてしまえばいいんですけど、なんか湿っててうまくはかせられないので、ちょっと放置しちゃうんです。そして気づいたらおもらし、といういつもはそういう流れなのですが、この日はなんと自分で言ってきました。

実は「オシッコが出そう」と教えてくれたのは、この時が初めて。オシッコの出る感覚がわからないのか、お風呂とかでオシッコする時も出るまで本人全然気づかない感じなんです。遊んでて急に止まったと思ったら、オシッコがぴゅーと出てきます。「今出てる」という感覚はさすがに分かるみたいなのですが。

なのでこの時は、ビックリして焦りながらも、すっごく嬉しかったです。

お風呂に連れて行って(お風呂キライなので最初は「イヤ!」と言ってましたが)、「しゃがんでオシッコ出してごらん」と言うと、素直にしゃがんでおちんを見つめます。しばらく待つと…

出た!!!

初めて、自分の意思で、オシッコを出すことに成功しました!

これ以来、お風呂に入った時と出る前は、「オシッコしてごらん」と声をかけるようにしています。たまに出ない時もありますけど、ほぼ毎回ちゃんと出来ています。

お風呂に入ってハダカになった時はオシッコが出やすいので、オシッコの練習にぴったりです。そしてお風呂から出る前にもさせておくと、お風呂上がりのおもらしがなくなるのでとても気が楽になりました。いつもは自分の体をふいたらすぐにオムツをはかせに走っていたので。

次の目標は、トイレでオシッコできること。でもまだトイレに座るのは怖がるので、ちょっとずつ様子を見ながら進めたいです。無理にやらせると、また出来なくて自信を失ってしまうので、慎重にいかないとなと思っています。

その前にまずパンツを買ってあげようかなと思います。トイレへの意欲が高まるのは、大体新しいグッズを手に入れた時なので。前回トイレに座ったのはこどもちゃれんじのトイトレグッズ(歌が鳴るやつと絵本)が届いた時で、おまるに座ってチャレンジしたものの、出ませんでした。それでまた自信を失って、今ではトイレに座らなくなってしまったんです。(絵日記より前のことです)

それから踏み台。これを使い出したらトイレ成功したという話もよく聞くので、これも早く買ってあげないとなと思っています。

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コロナの流行で本当に怖い毎日を過ごしています。皆様の周りはいかがでしょうか。どうか早く普通の生活が戻ってきますように…

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ごめんなさいは誰のため?

息子が最近急に「ごめんなさい」を言うようになってきました。駄々をこねて泣いてしまった後や、ボールを投げたら人の顔の近くに飛んでってビックリさせてしまった時などです。「ごめんなさい」の意味と使うタイミングを理解したので、使いたくてしょうがない、みたいな感じに見えます。

ある日、お風呂が嫌でダダをこねた日があったのですが(最近いつもこうですが…)、散々泣きわめいても入ろうとしないので無理やり脱がせて入れた後、しばらくして

「おかあしゃん、ごめんねぇ。」
「ごめんねぇ、ふたりとも。」

と急に言ってきたのです。こんなことは初めてだったので夫も私もビックリしてしまったのですが、思えばその時から「ごめんね」「ごめんしゃい」を連発するようになったように思います。

言えるようになったとは言っても、まだ気が向いた時だけという感じです。それにこれはほんとに最近の話で、ついこないだまで息子は全然ごめんなさいが言えませんでした。

「ごめんなさいは?」という声かけ

子どもが何か困ったことをした時、「ごめんなさいは?」という声かけをしている場面をよく見ます。悪いことをしたら謝る、ということをきちんと教えようとする親心だと思うのですが…

「こんにちは」「バイバイ」といった普通のあいさつや「ありがとう」とは違って、「ごめんなさい」というのはちょっと扱いの難しい言葉のような気が個人的にはしています。というのは私自身が「ごめんなさい」の言えない大人だからなのですが(恥ずかしい…)

だから、こういう声かけをしている場面を見るとちょっとハラハラしてしまうのです。

「ごめんなさい」を言うのは、大人だって勇気がいります。自分さ非を素直に認めて、相手にその気持ちを伝えるというのは、ある程度精神的に大人じゃないとできないんじゃないでしょうか。少なくとも私にはできません()。自分の非を認めるって、負けを認めるみたいな感じで(ほんとは違うんですけど)、けっこうプライドに関わる問題だったりしますよね。

素直に謝ると心が軽くなる

それでも最近、少しだけですが「自分の非を認めて謝ること」ができるようになってきました(主に夫婦喧嘩の時)。そうなってみて気づいたのは、素直に謝ると心がスッキリ軽くなるんだなあということです。

ケンカした時や、自分の失敗で相手に迷惑をかけてしまった時、「でも相手にも非があったし…」などと自分に言い訳してなかなか謝れなかったりするのですが、そういう時も実は「自分が悪かったなあ」という気持ちが心の中にモヤモヤしています。その罪悪感を無視して意地を張り続けると、余計に状況を悪くさせてしまったりします。でもそこでひと言謝ってしまえば、相手が許してくれるかどうかは別にしても、自分の気持ちは軽くなるんだということに気づいたのです。

そんなことに気づくのに30年以上かかってしまったわけですが、ともかくこれは私の人生の中でかなり大きな「いい気づき」でした。そしてこんなにいいことなら、子どもにも教えてあげたいなあと思ったのです。

なので、子どもに「ごめんなさい」を教える時は、まず「ごめんなさいを言うと心がスッキリするよ」ということを教えてあげたいなあと思いました。

子どもはけっこう色々わかってる

これは息子を産んだ産院の助産師さんから言われたことなのですが、赤ちゃんというのはまだ思いを外に表せないだけで、たくさんのことを考えてるし、わかってるというのです。

息子を産むまで、私は特に子ども好きということもなく、赤ちゃんなんてどう接していいのか、そもそもどういう存在なのかわからない、と思っていました。でもこの話を聞いて、実際に助産師さんの赤ちゃんへの接し方を見ていると、なるほどこういうことか、と考えが変わっていきました。

その助産師さんは赤ちゃんに対してとても敬意をもって接しているように見えました。何をするにもまず話しかけ、「オムツ替えようか」「ミルク飲むか」などと赤ちゃんに了解をとってからお世話をしていました。そして私にも家に帰ったらそのようにお世話するように言いました。そういう目で見ていると、息子は生まれたばかりでしたが、ちょっと何かを考えているような、周りを観察しているような感じにも見えました(見えただけです、あくまで)

新生児の息子が実際何かを考えていたのかはともかく、ずっとそのように接してきて思うのは、たしかに子どもは大人が想像するよりずっとたくさんのことを考え、理解しているということです。息子が大きくなるにつれ、その思いは強くなっています。

なので、例えば水をこぼしてしまったとか、思わず人を叩いてしまった時、子どもはちゃんと「やっちゃった!」と思っていると思うんです。こぼれて広がっていく水や、周りの大人の反応を見て、「何かよくないことをしてしまった」というのは多分感じ取っています。もしかしたら、心が痛んだり、反省したり、何でこんなことしてしまうんだろう、と傷ついているかもしれません。

そんな時にもし、大人が怖い顔で「ごめんなさいは?」と言ってしまったらどうでしょうか。それは傷ついた心に追い打ちをかける言葉な気がします。

プライドを傷つけてしまうかも?

先日、映画「万引き家族」を見ていたらこんなシーンがありました。

主人公一家のお父さん(リリーフランキーさん)が、ある日虐待されていた女の子を見かねて家に連れて帰ります。でも他の家族はとても育てられないと受け入れません。仕方ないのでとりあえず泊めたその夜、女の子はおねしょをしてしまいます。大騒ぎになり、家族みんなでバタバタと片づけをする中、一家のお母さん(安藤サクラさん)が、うつむいて黙っている女の子に「ごめんなさいは?」と怖い顔で言うのです。女の子は小さな声で「ごめんなさい」と答えました。

このシーンは見ていてとても胸が痛みました。親に虐待されていた女の子は、ひどい親から離れて知らない家に来て、でもあまり歓迎されていなくて、おねしょまでしてしまって、明らかに混乱して傷ついています(おねしょって子どもにとってかなり恥ずかしいことだと思います)。そこをフォローもしないで「ごめんなさいは?」なんて迫らなくても…と思いました。

まあ一家にとってはまだ他人だから迷惑でしかないし、言いたくなる気持ちもわかるのですが、子どものプライドを傷つける声かけだなあと思ってしまいました。思わずそばにいって背中をなでてあげたくなるシーンでした(映画自体はとてもいい映画だと思います )(その後女の子は家族になります)

このように、子どもが何かやらかしてしまったタイミングというのは、うまくフォローしてあげないとプライドを傷つけてしまう可能性があると思います。「ごめんなさいは?」という声かけにはどうしても責めるような調子が出てしまうので、避けた方がいいんじゃないかと思ってしまいます。

子どもはダメとわかっててもやめられない

子どもは色々わかってるとは言っても、息子はまだ2歳なので、しょっちゅう困ったことをしてしまいます。ダメと言ってるのに物を投げたり、さわってほしくない物をさわったり、テーブルの上に立って何度言っても降りなかったり。夫の顔をばちんと叩いたり、私にオモチャを投げつけたりということもしょっちゅうです。

でも子どもなので、ダメと言われてもやめられない、頭ではわかってても体が動いてしまう、というのはしょうがないと思っています。前に断乳のことで助産師さんに相談に行った時、いたずらばかりする息子を見て「まだ頭と体がうまく統合できてないから」とおっしゃっていました。それを聞いてから、困ったことを繰り返してしまう息子を見て「わかってるけどやめられないのかもな」と思うようになりました。

イヤイヤ期に「ごめんなさいは?」で素直に言うか?

また、言葉が通じるようになる頃というのは、世に言うイヤイヤ期とばっちり重なります。言葉とともに自我も発達してきて、「こうしたい!」「したくない!」というのをはっきりと主張し始める時期です。

そんな時期の子どもに「ごめんなさいは?」と言って素直に「ごめんなさい」が出てくるわけないと思うんです。何を言われたってとりあえず「イヤ!」と答える時期です。最初からそういうものだと割り切ってしまえば、がんばって無理に「ごめんなさい」を言わせなくても、別の声かけの仕方があるように思います。

どちらも引くに引けなくなる

それに、「ごめんなさいは?」に対して「イヤ!」と来られると、大人も引くに引けなくなってしまうんですよね。なぜならそこで引いてしまうと「癇癪を起こせば大人が折れる」と子どもに教えることになってしまうからです(単純に大人もムキになるからというのもあります)。

どちらも引かない膠着状態になってしまうと、力(立場)の強い大人がどうしても力ずくで言うことをきかせることになってしまいます。厳しく叱って泣かせたり、じゃあ知らない!と冷たくしたり、大人は子どもに対して言うことをきかせる手段がたくさんあります。でもそこで無理やりに子どもを負かしてしまうのは、ここでもまた子どものプライドを傷つけてしまいかねません。自分より強い存在に力ずくで負かされる経験が、子どもの心の成長の役に立つでしょうか。

イヤイヤ期くらいの子どもに対して「ごめんなさいは?」→「イヤ!」の流れは不可避だと思うので、その後の膠着状態を避けるためにも、最初から別のアプローチをするのがいいと思います。

ものを教えるタイミングではない

また、子どもが何かを失敗してしまったとか、ついやってはいけないことをやってしまった時というのは、混乱してショックを受けているので、そもそも何かを教えるタイミングではないと思います。

例えば子どもをお風呂に入れたい時とか、おもちゃの片づけをさせたい時など、何かをさせたい時はなるべく機嫌のいいタイミングを見計らうと思います。機嫌のわるい時や混乱している時に何かをさせようとしても、大体激しい抵抗にあって終わりです。ごめんなさいを教えるのは大切なことですが、そもそも子どもが失敗してしまって動揺している時に、「〇〇して」という声かけが成功するはずがないと思います。

子どもの「わるいこと」はたかが知れてる

そもそも、小さな子どものする「わるいこと」なんてたかが知れています。せいぜい水をこぼしたり、壁に落書きしたり、机に乗ったり、物を倒したり壊したり。大人がされて困ることばかりです。固いものを投げたりなど、人にケガをさせかねない場合には厳しく教える必要があるかもしれませんが、せいぜい大人が困るようなことなら大したことはないんじゃないでしょうか。大人がされて困ることは、先回りしてできないようにしておけばいいのです(触られたくないものは隠す、落書きされたくないならクレヨン等は渡さないなど)。

例えば2歳くらいの子どもに叩かれて、謝らないから許せない、なんて大人がいるでしょうか。赤の他人ならわかりませんが、身内なら大目に見ると思います。よその子を叩いてしまった場合も、親が「ごめんね」と謝ればいいんだと思います(その子の親にも)。相手も子どもですし、本人が謝ったかどうかなんてあまり気にしないと思います。

つまり、大人なら話は別ですが、小さな子どもが何かしたときに、本人が謝ったか謝らないかなんて相手にとっては大した問題じゃないんじゃないでしょうか。小さな子どもの行動の責任は親にあります。必要なら親が謝ればいいのです。

なので、子どもの「ごめんなさい」は、相手の気持ちのためというより、あくまで本人の気持ちのためと思っていいんじゃないでしょうか。大事なことは、もっと大きくなった時に素直にごめんなさいと謝れる人になっていることです。子どもが何かしてしまった時、その場で謝ったか謝らないかを問題にするよりも、まずしてはいけないことを教え、それから「ごめんなさいを言うと心が軽くなるよ」ということを教えるチャンスととらえたらいいのではないかと思います。

どうやって教える?

言葉がある程度通じるようなれば、ごめんなさいという言葉をすでに知っていて、その意味も大体わかっていると思います。普段の会話でも出てきますし、教育的なアニメにもキャラクターがちゃんと謝る場面が出てきます。それでも実際に自分から言うのは難しいかもしれませんので、大人が教えてあげることは必要だと思います。

私がしている声かけのタイミングは、やはり子どもがなにかやらかしてしまった時ですが、言うか言わないかはその時の状況を見て決めています。

例えば私が目を離した隙にコップの水をこぼしてしまった時など、「ほあ!こぼえちゃったよ(ほら!こぼれちゃったよ)」とあわてて言いにきます。わざわざ言いに来るのは、やっちゃったなあと自分でわかっているということなので大して注意しません。こぼしそうなところに水を置いておいたのは私の落ち度だし、水をこぼすのは悪いことというより、大人がされて困ることなので、あまり強くは言いません。「あーこぼれちゃったの」と、困った感をアピールする程度です。

でも例えば、私に向かってオモチャを投げてきて痛かった時などは、わざとでなくても危ないので「ダメよ!」と注意します。そうするとうつむいて伏し目がちになって、不服なような、傷ついたような表情をして黙りこみます。そういう顔を見たら、(謝るのはイヤだけど、わるいことしてしまったと思ってるな)と判断して「そういう時はね、ごめんなさいって言うんだよ」と優しく声かけします。それでも大体「やだ!」と返ってきますが、そうしたら「やだ?そっか。じゃあもうしないでね」と言うと、「もうしない!」と答えます。もうしないなら大人としてはもはや怒る理由もないので、それでおしまいにします。

ここでのポイントは「もうしない」という約束を落としどころにするところです。ごめんなさいのタイミングを教えることはできたので、もうこれ以上話を長引かせる必要はありません。子どもの「やだ!」を一度「そっか」と受け入れておけば、次の「じゃあもうしないでね」が比較的受け入れられやすくなります。

もしこれも「やだ!」と言ったらそれ以上押さずに「やだ?そっか、でもこれはしちゃダメなんだよ」と言っておいてから「さ、ちょっとお母さんここ片づけようかな」などと話を変えます。子どもの「やだ!」とは無理に戦わずに、とにかくごめんなさいのタイミングを教えることを目標にします。

大人も謝る

また、大人も普段からごまかさずに、子どもに対して謝るというのも大事だと思います。

以前、息子をとんでもない大声で怒鳴ってしまったときに、怯えて目も合わせてくれなくなってしまった時がありました。その時は本棚の本を息子がばらまくので頭にきて怒鳴ってしまったのですが、息子が荒れていたのには理由があり(日中色々と連れまわしたせいで昼寝が短かった)、しかも息子の手が届くところに本が置いてあったので、大人の落ち度が大きかったのです。それで、後になって反省して息子に対して「ごめんね?」と謝ったのですが、その時に「ごめんね」の意味を理解したような節がありました。→息子を怒鳴ってしまった話

大人は子どもより立場が強く、より知恵も回るので、自分の落ち度を隠すことができてしまいます。私もついやってしまいますが、でもそこをごまかさずにちゃんと謝ることで、子どもにごめんなさいを教えることができるのかもしれないと思います。

ごめんなさいは子どものため

ごめんなさい、と素直に謝るのは大人でも難しいものです。

だからこそ小さいうちから教えなければ、という意見も一理あります。「おはよう」とか「こんにちは」といったあいさつのように「ごめんなさい」が言えるようになっておけば、もしかしたら後々苦労しないのかもしれません。

でもそれよりも私はまず、ごめんなさいを言うと心が軽くなるよ、ということを子どもに教えてあげたいと思うのです。そうすれば、子どもから自発的にごめんなさいという言葉が出てくるかもしれません。実際、冒頭のイラストのように最近息子はごめんなさいを言えるようになってきて、1人でやってるごっこ遊びの中でも「ごめんねぇ」というセリフがよく出てきます。

私は身内に「(息子を)甘やかしてる」とかたまに言われて、自分でもそうかなと少し思うのですが、それは子どもの心が柔らかくて傷つきやすく、丁寧に扱ってあげないと後々大変なことになるということを身をもって知っているからです(私が子どもの頃はそういうことは多分言われてなかったので、厳しく育てるのがいいことだったのだと思います)。子どもの心は放っておいても育つのではなく、大人が見守って、適切なタイミングで受け止めたり背中を押してやったりしないと、自尊心も意欲も育たないのではないでしょうか。なので、人から見ればもしかしたら過剰に思えるくらい、子どもの心について考えてしまいます。

ちょっと極端な部分や、考えすぎなところもあるかもしれませんが、あくまで個人的にこう思うという立場で書いてみました。息子はまだよその子に謝ったりはできませんが、これからそういう場面に遭遇した時、ちゃんと謝るタイミングを教えてあげられたらと思います。

長々と書いてしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。

あしたはわからない?

最近歌が好きになった息子。

「あしたーは、あからーない」と歌う?(特にメロディがあるわけではない)ので、何かなあと思っていたら「パプリカ」の「明日は晴れるかな」でした(多分)。

息子はおしゃべりで、常に何かしゃべっています。最近増えてきた1人遊びの時も、1人でずっとしゃべっています。まだ話せない言葉は、絵日記のように工夫して言い換えていて面白いです。

上手くしゃべれないからって黙っているのではなく、拙いなりに楽しくおしゃべりする姿勢、私は完全に前者なので息子の姿が眩しいです…。

おもちゃの車で体をゴリゴリされたときの幸福感

子どもが自分の体の上に車のおもちゃを走らせてきたときの幸福感って何なのでしょうか。メンタル落ちぎみでしんどいときも、一瞬で幸せになれますね。

今年は梅雨が長くてここ最近は特に難儀しました。天候に体調が左右されやすいって、地味だけど本当に困ります。毎月PMSの時期はしんどいんですけど、今月はやけに長いなと思っていたら、梅雨の湿気と日照時間の少なさのせいだったみたいです。本当に、こんなんじゃ働きに出ることもできないし、家でできる仕事を真剣に考えないと…。

ところで絵日記の中で息子が車を置いて遊んでいるのは、2歳の誕生日プレゼントに買ってあげたままごとキッチンです。遊ぶことは遊ぶんですけど、ままごととは全然関係ない遊びをします。

ままごともするんですけど、主にトーマスのおもちゃを走らせるのに使っています…。絵日記では画力の関係で車のおもちゃになっていますが、トーマスが大好きで、いつもトーマスのおもちゃで遊んでいます。ハッピーセットのやつです。

前はシャーッと走らせるだけだったのが、2歳になった今では遊び方も進化して、ごっこ遊びもするようになりました。

「しょうなの(そうなの)~?」
「しょうなのー」
と、ヒロとジェームスで言い合ったり、

「ねえねえごーどん」
「まってー」
と、トーマスがゴードンを追いかけたり。

この「しょうなの(そうなの)~?」と言うのは私の相槌の真似をしています。息子に何か言われたときに、つい言ってしまうんですよね。親が普段使う言葉が確実に吸収されていっている…

さらに、アンパンマンとばいきんまんのぬいぐるみがトーマスのおもちゃで遊んでいるという、より高度な(?)遊びもあります。

まず最初にアンパンマンかばいきんまん(息子)が「ねえねえあしょぼうよー」と言って、もう片方(母)が「うん!」と答えるやりとりがあります。そして「えへへ」と嬉しそうに笑ってから、「なにしてあそぶー?」「うーん…とれす(トーマス)!」と言って遊びが始まります。お友達に「あそぼ」と言ってもまだ通じないので、やりとりが成立するのが嬉しいみたいです。

やっと梅雨明けして、気分もよくなってきたのでまた息子と色々出かけたいです。その前に着替え拒否を克服しないとなんですが…。

見てくださってありがとうござました〜!

家遊びの時にありがちなこと

最近、息子の着替え拒否でお出かけできない日々が続いている親子です。

ようやく梅雨明けし、お天気もいいので外に出かけようかなーと思って誘ってみても、頑として着替え拒否。パジャマから着替える必要性が理解できないのですね…。

そうだよね。パジャマ、着心地いいもんね。電車の絵も描いてあるしね…。

私自身が相当なズボラで、お出かけしない日はパジャマで過ごしてばかりなので、息子に「朝起きたら着替える」という習慣をつけてあげられませんでした。ダメだなあ〜。

まだねんねの頃、先輩ママから「朝は着替えさせてあげて、朝と夜の区別をつけてあげるといいよ」と教えていただいてたのですが、(まあ面倒だし…出かけるわけでもないし。別にいっか)とか思ってたら、今、こうして困っています。人の言うこと、聞きすぎてもダメだけど、聞いときゃよかったと思うこともやっぱりありますね…。

最近息子も本格的にイヤイヤ期って感じになってきました。
母としては、とことんつきあうしかないかなーと思っております。

祖母の家に大集合

妹が話してくれた話

母と妹に涙で見送られ夫の地元に引っ越してきて約1年、当初はめったに会えなくなるな…と思っていたのにしょっちゅう実家に帰るので割と頻繁に顔を合わせています。

先日も祖母の家に大集合して(両方から遠いのに)3泊ほどさせてもらいました。

息子は出会った頃はほとんど姪っ子に興味を示さなかったものの(初対面は姪っ子新生児)、しょっちゅう会うので今ではすっかり仲良しです。息子も姪っ子(ちぃちゃん)もお友達に興味津々なお年頃で、年の近い子と遊べるのがお互い嬉しいみたいです。

今回の再会では息子が大喜びして、ぴょんぴょん跳ねては覚えたての「だいしゅきー!」(言いながら首に抱きつく)を何度も繰り返しちぃちゃんにお見舞いしていました。ちぃちゃんも、ひっくり返って泣きながらも息子が好きなようでめげずに近づいてきます。母2人はメロメロ。ビデオを撮りすぎました。

祖母の家では私が出かける準備をしている間妹が子ども2人の相手をしてくれたりしたのですが、日記はそのときの話です。妹とは普段ビデオ通話とかはしないので(母からはしょっちゅうかかってきます)、会うたびに息子がアップデートされていく、特によくしゃべるようになっていくことにびっくりするようです。この時も普通に3語文を話した後「なんだろー!?」まで言ったのでめちゃくちゃウケたそうです。

最近「なかに、はいてる(中に入ってる)」というのをしょっちゅう言います。見えない箱の中に何かが入っていることを想像できるようになったんだなあと成長を感じます。祖母の家の1階にいたときも、

(2階からちぃちゃんの鳴き声が聞こえてきてハッとして)
「ちぃちゃん、ないちゃっちゃってるね(泣いちゃってるね)」
「のしのし、してるね(よしよししてるね)」

と2階への階段をのぞきこみながら言ったのですが、2階にちぃちゃんがいて、泣いちゃったけどお母さんがきっとよしよししてあげてるんだね、と想像できたということなのかなあ…と思いそこでも成長を感じました。もしかしたら、自分がよしよししてあげたい気持ちで階段を覗き込んでいたのかもしれませんが、そうだとしたら他人に優しくしてあげられるようになったということなので、それも成長だなあと思います。

息子の言葉はいつもいっしょにいる私にはほとんどが理解できるけど、まだまだ不明なことも多いです。出川イングリッシュみがあって解読は楽しいです。

ついにiPadを購入!!!

ところで、先日のAmazonプライムセールで、思い切ってiPad AirとApple Pencilを買いました!それから純正じゃないですが、キーボードも。今回の絵日記は初めてiPad AirとApple Pencilで描いたものになります。そしてこの日記も新しく買ったキーボードで書いています。

結果、ものすごくいい!!何と言っても楽。便利!PCを立ち上げる必要がない。スマホのフリック入力でのろのろ記事を書かなくてもいい。アナログ絵を水平や光の具合を気にしながら苦労してカメラで撮る必要もなし。最の高!!

ただひとつだけ難点があるとすれば、やっぱりアナログ絵の方が好きだな…ということ。紙の引っ掛かりが心地よく、消しゴムの跡すら味に思えるアナログ絵。何より形に残るアナログ絵。でもネットにアップするなら絶対にデジタルで描いた方が便利だしきれいです。なので完全にデジタルに軍配です。楽しむためだけに描くなら断然アナログですが、発表の場がないとあんまり描く気にもなれないんですよね…(つまりその程度の情熱と技術)

iPad Airについては今後もっと詳しいレビュー記事を書きたいと思います。本当に快適。いつまでもじめじめとさっぱりしない毎日ですが(梅雨明けはいつなんだ)、iPad Airを触っている瞬間だけは心がうきうきと弾んでいます。

読んでいただきありがとうございました!

怖い顔

最近、気づくとやたら鋭い目でこっちを見てくることがあって怖いです。

なんか静かだな?と思ったら怖い顔してこっちを見ていてギョッとします。

でも実は親もこの顔が面白かわいくて気に入ってるので、つい「怖い顔やってw」とリクエストしてしまいます。

本人もわりとノリノリでやってくれるのでした。